論文 182 ゲッセマネにて

   
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論文 182

ゲッセマネにて

イエスがエーリージャとマリア・マルコスの家からゲッセマネの野営場に11人の使徒を導いたのは、この木曜日の夜の10時頃であった。丘でのその日以来、ヨハネ・マルコスは、油断なくイエスに対する見張りを自分の仕事としていた。あるじが使徒達と共に上階の部屋にいる間、睡眠を必要としていたヨハネは、数時間の休息を得ていたが、皆が階下へいくのを聞くと、立ち上がり、すばやく麻の上衣を身に纏い、都を通り、キドローン川を渡り、ゲッセマネ公園に隣接した自分達の私用の野営へと皆の後を追った。ヨハネ・マルコスは、この夜と翌日を通してあるじのごく近くに身をおいていたので、すべてを目撃し、あるじがこの時から磔刑の時間までの間に言った多くを漏れ聞いた。

イエスと11人が野営場に戻ると、使徒は、ユダの長い不在の意味を訝り始め、自分達の1人が裏切るだろうというあるじの予測を互いに話し、そして初めて、ユダ・イスカリオテの何かがおかしいと疑った。しかし、野営場に到着し、ユダが自分達を迎えるためにそこに待っていないことに気づくまで、ユダに関する率直な評注には至らなかった。皆が、ユダがどうなったのか知るためにアンドレアスを囲むと、「どこに居るかは知らないが、ユダは我々を見捨てたのではないかと恐れる。」と、彼らの長が言った。

1.集団の最後の祈り

野営場到達のしばらくの後、イエスは言った。「同胞である友よ、君達との私の時間は今や実に短い。この時間に、そして今後、父の名において為さねばならない全ての仕事において我々を支える力を天の父に祈る間、我々だけで離れて行くことを、私は望んでいる。」

イエスは、こう言うと、オリーヴ山への短距離の道を先に立って歩き、エルサレムの全景が見える場所で聖職受任の日にしたように、大きい平たい岩の上に自分の周りに輪になって跪くように命じた。そして、かれは、皆の真ん中に立ち、柔らかい月光に讃えられ、目を上げて祈った。

「父よ、私の時間は来ました。いま息子が、あなたの栄光をあらわすように、あなたの息子の栄光をあらわしてください。私は、あなたが、私の領域のすべての被創造物への完全な権威を私に与えられたことを存じており、私は、神の信仰の息子になるすべての者に永遠の命を与ます。そして、永遠の命とは、私の被創造物が、あなたを皆の唯一の真の神、また父として知るということ、そして、あなたがこの世界に送った者を信じるということであります。父よ、私は、地球であなたを高め、私に与えられた仕事を成し遂げて参りました。私は、我々自身の創造である子等への私の贈与をほとんど終えました。私には肉体の命を捨てることのみが残っております。そして、今、ああ、父よ、この世界が存在する以前に、私があなたと共に得た栄光を私にあらわし、もう一度、あなたの右手に迎えてください。

「私は、あなたが、世界から選び私に与えた者達にあなたを明らかにしてきました。かれらは、あなたのものです—すべての生命が、あなたの手にあるように—あなたは彼らを私に与え、そして、私は、彼らの中に生き、生き方を教え、そして彼らは信じました。これらの者は、私があなたの元から来たということ、私が肉体で送る人生は、父を世界に明らかにするためであるということを学んでいます。私は、あなたが私に与えられた真実を彼らに明らかにしました。これらの者、私の友人であり大使である者は、あなたの言葉を受け入れることを心から望みました。私は、あなたの元からやって来たのであると、あなたが、私をこの世に遣わされたのであると、それに、私は、あなたの元に戻るところであると、彼らに伝えました。父よ、私はこれらの選ばれた者のために祈ります。私は、私が世界のために祈るようには彼等のためには祈りませんが、まさしく私が肉体で留まる間、この世界であなたの代理をしてきましたように、私があなたの仕事に戻った後、世界で私の代理をするために世界から選んだそれらの者のために祈ります。これらの者は私のものです。あなたが、彼らを私にくださいました。しかし、これまで私のものである全ては、常にあなたのものであり、あなたのものであった全てが、今あなたは、私のものとしました。あなたは、私の中で高揚されました。そして、私は今、私がこれらの者の中で敬われるように祈ります。私はもはやこの世にはいられません。私は、あなたが私に与えられた仕事に戻るところです。私は、私達と、人の中の私達の王国を代表させるために、これらの者を残していかなければなりません。父よ、私が、肉体での人生を明け渡す準備をする一方で、これらの者を忠実にさせておいてください。これらの者が、私の友等が、ちょうどあなたと私が1つであるように、精霊で1つにしてください。私が彼等と居られる限り、彼等を見張り誘導することができるのですが、私は、いま去ろうとしているところです。父よ、彼等を慰め元気づけるために我々が新しい教師を遣わすことができるまで、彼らの近くにいてやってください。

「あなたは、私に12人を与えられました。そして、私は、親交を持とうとしない報復の息子1人を除いては、全ての者を留めておきました。これらの者は、か弱く、脆くはありますが、私達は、彼らが信用できることを知っています。まさに私があなたを崇敬していますように、かれらは、私を愛しています。私のために苦しまなければならない間、私は、また、かれらが、天の王国における息子性の確証の喜びで満たされることを求めます。私は、あなたの言葉をこれらの者に与え、かつ真実を教えました。世界は、ちょうど私を嫌ったように、彼等を嫌うでありましょうが、世界から彼等を取り除くのではなく、世界の悪から守ることだけをお願いたします。彼らを真実で浄めてやってください。あなたの言葉は、真実です。そして、あなたが私をこの世に遣わされように、私は、これらの者を世界に送り出すところです。私が教えた真実と私が明らかにした愛をじて彼等が浄められるように、彼らを鼓舞できるように、彼等のために、私は、人間の間に生きて、あなたの仕事に私の人生を奉げてきました。父よ、私は、よく存じております、私が去った後、これらの同胞を見守るようお願する必要は少しもないということを。私が愛するように、あなたが彼等を愛していることを知ってはいますが、彼等が、息子が愛するように父が人を愛しているとさらに気づくように私はこうするのです。

「それから父よ、私は、この11人のためだけでなく、いま信じる者達、または、彼らの将来の聖職活動の言葉を通して王国の福音をこの後信じるかもしれない他の全ての者のためにも祈りたいのです。あなたが私の中におられ、わたしがあなたの中におります。私は、同様にこれらの信者が、私達の中にいることを、私達の双方の精霊が彼らに宿ることを欲するのです。私達が1つであるように私の子等が1つであり、私があなたを愛しているように、彼等が互いを愛し合うならば、すべての者が、私があなたの元から来たと信じ、私がしてきた真実と栄光の顕示を喜んで受け入れるでありましょう。私は、あなたが下された栄光をこれらの信者に示しました。あなたが精霊で私とともに暮らしたように、私は、肉体で彼らとともに暮らしました。あなたが私と1つでありましたように、私は、彼等と1つでありました、そして、新しい教師も彼等と共にあり、かつ彼等の中にいるでしょう。父は、その息子が愛するように彼等を愛するということを、そして、あなたは、私の肉体をもつ同胞が、私を愛するように彼らを愛するということを知ることができるように、私はこの全てをされました。父よ、彼らが、やがて私と栄光を共にするために、それから楽園の抱擁にあなたに加わるために進んでいけるように、これらの信者を救うために私に協力してください。私は、人間姿での時間での種蒔きからの永遠の収穫として、屈辱に耐えて私とともに仕える者達を、彼等が私の手に与えられたすべてを見ることができるように、ともに栄光の中につれていたいのです。私がこの世界を創設する前にあなたと持っていた栄光を私の地球の同胞にぜひ示したいのです。この世界はあなたのことをほとんど知りませんが、公平であられる父よ、私はあなたを知っており、これらの信者にあなたを明らかにしてきました、そして、彼らは、他の世代にあなたの名前を明らかにするでありましょう。そして、ちょうどあなたが私とおられましたように—誠に—、この世界であなたが、彼等と共におられると、私は、いま彼らに約束いたします。」

11人は、立ち上がって静かに近くの野営場に戻るまでの数分間、イエスの周りにこの円形で跪いたままでいた。

イエスは、追随者の間での団結を祈りはしたが、均一性を望んではいなかった。罪は、邪悪な惰性の死んだ層を作るが、正義は、不朽の真実の生ける現実と父と息子の神精の進歩的交わりにおける個々人の経験の創造的な精神を養う。信者である息子と神性の父との精霊的な親交において、教義上の終局性と集団意識の宗派の優越性は決してありえない。

あるじは、使徒達とのこの最後の祈りの中、父の名を世界に明らかにしたという事実について触れた。そして、それは、本当に肉体で遂行された人生を通じての神の顕示によってイエスがしたことである。天の父は、モーシェに自身を明らかにしようとしたが、かれは、父に「私はある」と言わせる以上のことを引き起こすことができなかった。そして、父自身の一層の顕示を強いたとき、「私はあるという者である。」と明らかにされるだけであった。しかし、イエスがその地球での人生を終えたとき、父の具現であるあるじが次のように言うことができるほどに、父のこの名前は、明らかにされていた。

私は、命の糧である。

私は、生きた水である。

私は、世の光である。

私は、すべての時代の願望である。

私は、永遠の救済への開いた扉である。

私は、永遠の生命の現実である。

私は、良い羊飼いである。

私は、無限の完全性への小道である。

私は、復活と生命である。

私は、永遠の生存の秘密である。

私は、道であり、真理であり、生命である。

私は、有限の子等の無限の父である。

私は、真の葡萄の木であり、あなたは、その枝である。

私は、生きた真実を知る者すべての望みである。

私は、1つの世界からもう一つの世界への生きた橋である。

私は、時間と永遠の生きたつながりである。

このようにイエスは、神という名の生ける顕示をすべての世代に拡大したのであった。神性の愛が、神の本質を明らかにするように、不朽の真実は、絶えず拡大する規模において彼の名を明らかにする。

2. 裏切りの前の最後の時間

使徒は、野営地に戻りユダがいないと分かると大いに驚いた。11人が、反逆の仲間の使徒に関する熱い議論をしてしていたが、ダーヴィド・ゼベダイオスとヨハネ・マルコスは、イエスを片側に連れて行き、彼らが数日間ユダを監視していたこと、そして彼が、イエスを敵の手に渡し、裏切るつもりであることを彼等が知っているということを明らかにした。イエスは、彼らの言うことを聞いたが、「友よ、天の父がそう望まない限り、人の息子には何事も起こり得ないのである。心を煩わせてはいけない。万事は、神の栄光と人の救済のためにともに働くであろう。」と言うだけであった。

イエスの晴れやかな態度は弱まっていった。時間の経過と共に、かれは、ますます真剣で悲しそうであった。非常に動揺した使徒は、それぞれの天幕に戻るようにあるじ自身に言われても気が進まなかった。イエスは、ダーヴィドとヨハネとの話から戻ってきて、11人全員に自分の締め括りの言葉を述べた。「友よ、休息しなさい。明日の仕事に備えなさい。心しておきなさい、我々は皆、天におられる父の意志に従うべきであると。私の平和を君達に残す。」このように話すと、それぞれの天幕へと合図を送り、皆が行くと、ペトロス、ジェームス、ヨハネに声を掛け、「君達にはしばらくの間ともにいて欲しい。」と言った。

使徒達は、文字通り疲れ果てていたので寝入った。皆は、エルサレム到着以来の睡眠不足が続いていた。別々の寝室に行く前、シーモン・ゼローテースは、皆を剣や他の武器が収納されている自分の天幕に導き、銘々に戦闘具を支給した。ナサナエル以外は皆、これらの武器を受け取り身につけた。ナサナエルは、武装拒否をして言った。「同胞よ、あるじの王国はこの現世にはないと、自分の弟子は、その設立を果たすために剣で戦うべきでないと、あるじは、繰り返し我々に言われた。私はこれを信じる。あるじの防護において、あるじが我々に剣を使わせる必要があると、私は考えない。我々は皆、あるじの強力な力を見てきたし、そう欲するならば敵から身を守ることができるということを知っている。彼が、敵に抵抗しないならば、それは、そのような進路が、父の意志を満たそうとする試みを意味しているに違いない。私は、祈るつもりではあるが、剣は振るわない。」アンドレアスは、ナサナエルの言葉を聞くと自分の剣を、シーモン・ゼローテースの手に戻した。従ってその夜皆が睡眠のために別れるときは、彼らのうちの9人が武装していた。

反逆者であるユダへの当面の憤りは、使徒の心の中で他の全てを被い隠した。あるじのユダに関する意見は、最後の祈りの中で、ユダが自分達を見捨てたという事実に彼らの目を開かせた。

8人の使徒がようやくそれぞれの天幕に行ったあと、ペトロス、ジェームス、ヨハネが、あるじの命令を受けるために待機していると、イエスは、ダーヴィド・ゼベダイオスを呼び、「最も速く、信頼できる使者を寄越してくれ。」と言った。ダーヴィドが、かつてエルサレムとベスサイダの間を夜通し走る使者の仕事に従事していたヤコブという者を連れて来ると、イエスは、この使者に向かって言った。「全速で、フィラデルフィアのアブネーの元に行って伝えなさい。『君に平和の挨拶を送ると共に、あるじが、君に伝えていうことには、彼を死においやる敵の手に渡される時間が来てしまったが、かれは蘇り、すぐに君の前に現れるということ、次に、新しい教師が君の心に生きるようになる時までは、かれが、あなたに指導をするということです。』そして、ヤコブがこの伝言をあるじの満足のいくように復誦すると、イエスは、ヤコブを送り出して「誰が何かするかもしれないと、ヤコブ、恐れるではない。目に見えない使者が、今宵君の側を走るので。」と言った。

次に、イエスは、ともに露営している訪問中のギリシア人の長の方に向き直って言った。「兄弟よ、私は、すでに警告したのであるから、これから起ころうとしていることに撹乱されてはならない。人の息子は、敵の司祭長等やユダヤ人の支配者等の唆しにより殺されるが、私は、父の元に行く前に、少しの間君と共にいるために甦るであろう。このすべてが起こるのを見るとき、神を讃え、君の同胞を元気づけなさい。」

普通の情況下にあれば、使徒は、個人的に夜の別れの挨拶を述べたであろうが、この夜はユダの突然の逃走という認識に全く心を奪われ、また、あるじの送別の祈りの常にない人となりに完全に打ち負かされていたので、かれらは、あるじの別れの挨拶を聞いて黙って立ち去るだけであった。

イエスは、その夜アンドレアスが自分の側を去るとき、「アンドレアス、君が何をすることができても、私がこの杯を飲んだ後、私が再び戻って来るまで、君の同胞を引き留めておくためにできる限りのことをしなさい。私はもう全てを話したということを理解し、同胞を元気づけなさい。君に平安があるように。」と言った。

すでに夜はすっかり更けていたので、使徒のだれも、その夜変事が起こるとは思っていなかった。皆は、朝早く起き、最悪の事態に備えられるように睡眠しようと努めた。宗教に関係しない仕事が、過ぎ越しの準備の日の正午以降決して行われることはなかったので、かれらは、祭司長等が、あるじを逮捕するのは早朝であろうと考えた。ダーヴィド・ゼベダイオスとヨハネ・マルコスだけが、まさしくその夜、イエスの敵がユダと来ていることを理解していた。

ダーヴィドは、その夜ベサニア-エルサレム街道に通じる上手の道を監視する打ち合わせをし、一方ヨハネ・マルコスは、キドローン峡谷経由でゲッセマネに至る道路沿いを見張る手配をした。ダーヴィドは、自らが課した前哨任務にたつ前に、イエスに別れを告げて言った。「あるじさま、私は、あなたとの活動で非常な喜びを経験いたしました。私の兄弟達は、あなたの使徒でありますが、私は、 果たされるべき事柄よりももっと小さい働きをしましたが、あなたが行かれてしまうと心の底から寂しく思います。」すると、イエスは、ダーヴィドに「ダーヴィド、息子よ、他のものは指示されたことをしてきたが、この仕事は、自身の心からくることを君はしてきた。そして、私は、その献身に無頓着ではいなかった。君も、また、いつか永遠の王国で私と共に仕えるであろう。」と言った。

そして、次に、ダーヴィドは、上手の小道での見張りに行く準備をしながらイエスに言った。「あるじさま、あなたは、私があなたの家族に使いを送ったことをご存じで、皆さんは、今宵イェリーホにいるという使者からの知らせを得ました。皆さんは、血なまぐさい道を夜来るのは危険でありますから、明日午前中に早くここに来られるでありましょう。」すると、イエスは、ダーヴィドを見下ろして「そのままでよい。ダーヴィド。」とだけ言った。

ダーヴィドがオリーヴ山に行ってしまうと、ヨハネ・マルコスは、小川沿いにエルサレムへ続く道路の近くで不寝番をしていた。ヨハネは、イエスの近くにいて起こっていることを知るという大きい願望がなければこの場に居続けるつもりであった。ダーヴィドが去った直後、イエスがペトロス、ジェームス、ヨハネと近くの峡谷の方に離れていくのを見掛けるとヨハネ・マルコスは、献身と好奇心が合わさった感情に負け、歩哨の役を捨てて彼等の後をつけていき、繁みに身を隠し、そこから、庭での最後の瞬間からユダと武装した番人達がイエスの逮捕に現れる直前までに起きた全てを見、立ち聞いた。

このすべてがあるじの野営場で進行中、ユダ・イスカリオテは、寺院の護衛長と会議中であり、この護衛長は、裏切り者の導きの下、イエス逮捕に出掛けるに当たり部下を召集した。

3. ゲッセマネにて一人

野営場周辺ですべてが穏やかで静かになると、ペトロス、ジェームス、ヨハネを連れたイエスは、以前しばしば祈りと親交に出掛けた近くの峡谷へと少しの道のりを行った。3人の使徒は、イエスが悲しいほどに圧迫されていると気づかざるを得なかった。かつて、かれらは、非常に心配事が多く悲しい様子のあるじを一度も見たことがなかった。祈りと親交の場に到着すると、イエスは、自分が祈りにいく間、石を投げれば届くほどの距離に3人に座って見るように言いつけた。そして、イエスは、俯せになると祈った。「父よ、私は、あなたの意志を為すためにこの世界にきて、そのように致しました。私は、肉体のこの命を捨てる時の来たことが分かっており、そこで怯んではいません。それどころか、この杯を飲むのがあなたの意志であると思いたいのです。ちょうど私の人生でそうしましたように、私の死があなたを喜ばせるという確信を私にお送りください。」

あるじは、しばらくの間祈りの姿勢のままでいたが、それから、使徒の方へ行きぐっすり眠っている3人を見つけた、というのも、彼らは眠くて目を覚ましていることができなかったのである。イエスは、彼らを起こして、「何ということだ。君達は、1時間も起きていることができないのか。私の魂は、甚だ悲しく、君達との交わりを切望しているのが分からないのか。」と言った。3人が微睡から覚めると、あるじは、再び離れて行き、地面に腹這い再び祈った。「父よ、この杯を避けることは可能である—あなたには万事が可能であります—ことは分かっておりますが、私は、あなたの意志をしに来ました。これは、苦杯でありますが、それがあなたの意志ならば、私は飲みます。」イエスがこのように祈ったとき、強力な天使が、イエスの側に下りてきて話しかけながら触れて力づけた。

イエスは、3人の使徒と話そうと戻ってくると、再びぐっすりと眠っている3人を見つけた。かれは、彼らを起こして言った。「君が私を見張り、共に祈るべき必要のある—誘惑に陥らないようさらに祈る必要がある—そのような時間に、私が君を置き去りにするとき、なぜ君は、寝入ってしまうのか。」

それから、あるじは、3度目に離れて行って祈った。「父よ、あなたは、私の眠っている使徒をご覧になっておられます。彼等に慈悲をお与えください。精神は本当に望んでいるのですが、肉体は虚弱であります。今、ああ、父よ、どうしても飲まずにはすまされない杯ならば、私は、進んでそれを飲みます。私の思いのままにではなく、あなたの思いのままになさってください。」そして、祈り終えても少しの間、かれは、地面にひれ伏していた。彼が、立ち上がりもう一度使徒の所に戻ってみると、3人は、またもや眠っていた。イエスは、3人を見渡し、哀れむ身振りで優しく言った。「いまは続けて眠り、休みなさい。決定の時間は終わった。人の息子が、裏切られ敵の手に渡る時が今迫っている。」かれは、彼らを揺すって起こすために手を延ばして、「起きなさい。私を裏切る者が手近にきているから、野営場に、戻ろう。そら、私の群れが分散するその時間が来た。ただし、これらの事は、私は、もうすでに話したことだ。」

イエスが追随者の間で暮らしたその歳月、彼らは、本当に、イエスの多くの神性の証を得たが、まさにこの時、イエスの人間性の新たな証を目撃しようとしているのであった。イエスの神性の全顕示の中の最大の出来事の直前、イエスの復活が、イエスの人間の本質の最大の証し、イエスの屈辱と磔刑が、今、来なければならない。

庭で祈るたびに、 その人間性は、彼の神性をゆるぎない信仰でとらえた。その人間の意志は、父の神性意志とより完全に1つになった。強力な天使が彼に話した他の言葉の中には、ちょうどすべての必滅の被創造物が、時間の存在から永遠の前進へと通過する際に物質的な分解を経験しなければならないように、父は、その息子が、生物の死の経験を潜り抜けることによって彼の地球贈与の終了を望んでいるという伝言であった。

その杯を飲みほすことは、宵の口にはそれほど難しくは思えなかったが、人間のイエスが使徒達に別れを告げ、休みにいかせると、試練は、凄まじくなった。イエスは、すべての人間の経験に共通するその自然な感情の起伏を経験し、ちょうどその時は仕事で疲れきり、長時間の精力的な作業と使徒の安全に関する苦痛を伴う心労で疲れ果てていた。必滅者は、このような時に、肉体をもつ神の息子の考えや気持ちを理解さえできない一方、我々は、大粒の汗が彼の顔を流れたので、イエスが甚だしい苦痛に耐え、計りしれない悲しみに苦しんだことが分かっている。イエスは、父が、出来事を自然の進行のままにしておくつもりであるとついに確信した。かれは、自分を救うために宇宙の最高者としての主権のいずれも使わないと完全に決心していた。

広大な宇宙の集合した軍勢は、ガブリエルとイエスの専属調整者の一時的な共同指揮権下のこの場面の上にその時いた。天のこれらの軍隊の師団長達は、イエス自身が彼らに介入を命じない限り、地球でのこれらの業務を妨げないように繰り返し警告した。

使徒との別離の経験は、イエスの人間の心にとり非常に重い負担であった。愛のこの悲しみは、彼に押し寄せてきて、自分を待ち受けていると熟知しているそのような死に直面することをより難しくした。かれは、使徒達が、いかに弱く、いかに無知であるかを実感し、そこで彼らの元を去ることを恐れた。かれは、出発の時が来たことを充分に承知はしていたが、その人間の心は、もしかして苦しみと悲しみのこのひどい状態から逃れる何らかの意に適う手段はないか探り当てたいと切に願った。そして、このように脱出を求め、失敗したときに、喜んで杯を飲むことを望んでいた。マイケルの神性の心は、12人の使徒のために自分が最善をつくしたことを知ってはいたが、イエスの人間の心は、世界に彼らを放りっぱなしにする前に、もっと多くのことをしてやれたらと願っていた。イエスの心は、押し潰されていた。かれは、本当に同胞を愛していた。かれは、肉体をもつ家族から孤立していた。選ばれた仲間の1人は、彼を裏切っていた。父ヨセフの親族は、彼を拒絶し、その結果、地球での特別な任務をもつ民族としてのその終わりを決定づけた。彼の魂は、困惑する愛と拒絶された慈悲の拷問を受けた。それは、すべてが粉砕する残酷さと恐ろしい苦悶が押し寄せてくるように思えるそれらの人間のひどい瞬間の1つであった。

イエスの人間性は、個人の孤独、公共での恥、自分の目的の失敗の見た目のこの状況に無感覚ではなかった。すべてのこれらの感情が、例えようもない重さで押し寄せてきた。この大きい悲しみの中、彼の心は、ナザレでの幼年期の日々とガリラヤでの初期の仕事へと戻っていった。この大いなる試練の時、地球での任務のそれらの楽しい情景の多くが、心に浮かんだ。そして、彼の人間の心を強くして自分を宥め、とても早く自分を裏切る反逆者に直面する準備ができたのは、ナザレ、カペルナム、ヘルモン山、そして燐くガリラヤ湖の日の出と日の入りのこれらの過去の思い出からであった。

ユダと兵士達が到着する前に、あるじは、通常の落ち着きを完全に取り戻していた。精霊は、肉体を打ち負かした。信仰は、恐れたり疑いを抱くというすべての人間の傾向に優位を占めた。人間性の完全な認識の最高の試験に直面し、無事に合格した。もう一度、人の息子は、無条件に父の意志を為すことに捧げた必滅の人間として平静に、完全な不屈の確信で敵に直面する用意ができていた。

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