論文 171 エルサレムへの道中

   
   Red Jesus Text: On | Off    Paragraph Numbers: On | Off
 印刷用 印刷用

論文 171

エルサレムへの道中

「天の王国」についての忘れ難い説教の翌々日、イエスは、自分と使徒が、途中南ペライアの多くの都市を訪問しながらエルサレムの過ぎ越しに向けてその翌日出発すると発表した。

王国についての講演と過ぎ越しに行く予定であるという発表は、イエスが、この世の王国でのユダヤ人主権の座に就くためにエルサレムまで行くのであると全ての追随者に思わせた。イエスが王国の非物質性に関して何を言っても、かれは、救世主がエルサレムに本部を置く何らかの国家主義的な政府を設立するという考えをユダヤ人の聴衆の心から完全に取り除くことはできなかった。

イエスが安息日の説教で言ったことは、追随者の大半を混乱気味にしたに過ぎなかった。ほんの僅かな者が、あるじの講話に啓発された。指導者達は、内面の王国に関する教え、「人の内にある天の王国」について何かを理解し、同時に、イエスがもう一つのことと未来の王国について話したことも分かっており、これこそが、彼がエルサレムにその時設立しに行くと彼等が思い込んだこの王国であった。かれらは、この期待に失望したとき、イエスがユダヤ人に拒絶されたとき、そして後にエルサレムが文字通り破壊されたとき、あるじが約束された王国設立のために偉大な力と威厳ある栄光でこの世界にすぐ戻ると心から思い、まだこの望みに固執していた。

ジェームスとヨハネ・ゼベダイオスの母サロメが、東洋の主権者に近づくように、使徒である2人の息子と共にイエスのところに行き、自分のどんな要求も予めイエスに承諾させようとしたのは、この日曜日の午後であった。しかし、あるじは約束しようとはせず、その代わりに、「私に何をしろと言うのですか」と彼女に尋ねた。その時、サロメは、「あるじさま、あなたが王国を築きにエルサレムに行く予定なので、一人はあなたの右側に座らせ、もう一人は、あなたの左側に座らせ息子達が光栄を浴するよう前もっての約束をお願したいのです。」と答えた。

サロメの要求を聞くと、イエスは「ご婦人、あなたには自分の尋ねていることが分かっていない。」と言った。それから、栄誉を求める2人の使徒の目を真っ直ぐに見つめて言った。「私が長い間君達を知り愛しもしてきたから、私が君達の母の家に住みさえしたから、アンドレアスがいつも私といるように君を選任してきたから、それゆえ君達は、母が秘かにこの見苦しい要求をしに私のところに来ることを承知するのか。だが、尋ねさせてくれ。君達は、私が飲みほそうとしている杯を飲みほすことができるのか。」と訊いた。そして、考える時間も取らずに、ジェームスとヨハネは、「はい、あるじさま、できます。」と答えた。イエスは、言った。「我々がエルサレムに行く理由を、君達が理解しないことは、嘆かわしい。私の王国の本質を理解しないのが悲しい。私にこの要求をする母を連れて来るということに失望している。しかし、私は、君達が心で私を愛していることを知っている。だから、君達が、本当に、私の苦い杯を飲んで、私の屈辱を共有するだろうと断言するが、私の右側と左側に座るということは私の与えるものではない。そのような名誉は、私の父に指定された者達のために予約されている。」

この時までには、誰かがペトロスと他の使徒にこの会合の内容を伝えており、かれらは、ジェームスとヨハネが皆の中から二人を抜擢させようとしていること、またそのような要求をしに秘かに母と行ったことに非常に憤慨していた。彼らが論議を始めると、イエスは皆を一斉に呼んで言った。「君達は、非ユダヤ人の支配者達がいかに臣下に威張っているか、また、偉大である者達がいかに権限を行使するかをよく理解している。しかしながら、天の王国ではそうはならない。誰であろうと君達の中で素晴らしい者をまず君達の使用人とさせなさい。最初に王国入りする者を君達の奉仕者にさせなさい。人の子は、奉仕されるためにではなく奉仕するために来た、そして、私は今、父の意志を為すために、同胞への奉仕のために命を捨てにエルサレムに行くということをきっぱりと言う。」これらの言葉を聞くと、使徒は、祈るために退いた。その晩、ペトロスの努力に応え、ジェームスとヨハネは、10人に相応しい謝罪をし、歓心を買った。

ゼベダイオスの息子等は、エルサレムでのイエスの右側と左側の場所を求めた際、最愛の師が、片側には死にかかっている泥棒、その反対側にはもう一人の罪人と一緒に1カ月足らずのうちにローマ人の十字架に掛かるとは少しも知らなかった。そして、磔刑の際その場にいた彼らの母は、使徒である息子達の栄誉をそれほどまで浅はかに求め、ペラでイエスにした愚かな要求をまざまざと思い出した。

1. ペラからの出発

3月13日、月曜日の午前、イエスと12人の使徒は、ペラ合宿所から最終的に撤退をし、アブネーの仲間が働いている南ペライアの街々へと向かった。かれらは、70人を訪問して2週間以上を過ごし、それから過ぎ越しのために直接エルサレムに行った。

あるじがペラを経つとき、使徒と共に宿営したほぼ1,000人にのぼる弟子が後を追った。この集団のおよそ半分は、イエスがヘシュボンに戻ろうとしているところだと知り、また彼の「費用の計算」の説教の後に、イェリーホへの路上のヨルダンの浅瀬でイエスのもとを去った。かれらは、エルサレムへと進み、他の半分は、南ペライアの町を訪問して2週間イエスについていった。

一般的にイエスの直属の追随者の大多数は、ペラの宿営が放棄されたことを理解したが、これは、あるじがエルサレムに行き、遂にダーヴィドの王座を主張するつもりであることを意味すると本当に思った。追随者の大部分は、天の王国のいかなる他の概念も決して理解することができなかった。イエスが彼等に何を教えようとも、かれらは、王国に関するのこのユダヤ人の考えを諦めようとはしなかった。

ダーヴィド・ゼベダイオスは、使徒アンドレアスの指示に基づき、3月15日、水曜日にペラの訪問者用の宿営を閉鎖した。このとき、およそ4,000人の訪問者が居住しており、これは、教師用として知られている合宿所に使徒と寄留し、イエスと12人と共に南に向かった1,000を越える人数を含んではいない。ダーヴィドは、そうすることは大いに嫌ったが、全装備を大勢の買い手に販売し、エルサレムに資金を持参し、次いでユダ・イスカリオテに金を引き渡した。

ダーヴィドは、悲惨な最後の週エルサレムにおり、磔刑後には母をベスサイダに連れ帰った。ダーヴィドは、イエスと使徒を待つ間、ベサニアのラーザロスの所に寄り、パリサイ派が、ラーザロスの復活以来、彼を虐げ、悩ましはじめた様子にひどく興奮した。アンドレアスは、使者の活動を中止するようにダーヴィドに指示した。そして、これは、初期のエルサレムの王国設立の徴候として全ての者に解釈された。ダーヴィドは、仕事をなくしたように感じるとともに、義憤で気遣いを向けている対象者が、やがてフィラデルフィアに急いで逃げたときには、自薦のラーザロスの擁護人になろうと決断するところであった。従って、復活後のいつか、それと母の死後に、かれは、マールサとマリアの不動産の処分をまず援助した後、フィラデルフィアへ行った。そして、そこで、アブネーとラーザロスとともに、かれは、アブネーの生涯の間、彼等のフィラデルフィアでの中心であった王国の彼らの大きな全関心事である財政的監督者になり、残りの人生を過ごした。

フィラデルフィアは、エルサレム破壊後の短期間にアブネーの天の王国の拠点のままであり、アンチオケは、パウーロスのキリスト教本部になった。アンチオケからのイエスの教えとイエスについてのパウーロスの解釈は、全西洋世界へと広がった。イエスの教えに関して妥協しないこれらの使者がのちにイスラム教の急騰に打ちひしがれるまで、フィラデルフィアからの天の王国に関するアブネーの解釈の伝道は、メソポタミアとアラビア中で広まった。

2. 費用の計算に関して

イエスとおよそ1,000人の追随者の一団が、ヨルダン川の、時にはベサバラと呼ばれたベサニアの浅瀬に到着したとき、イエスは、直接エルサレムには行かないのだと弟子達は理解し始めた。皆が躊躇い議論している一方で、イエスは、巨大な石に登り「費用の計算」として知られるようになったその講話をした。あるじは言った。

「これからずっと私について来ようとする者は、私の父の意志への心からの献身という代価を支払う気がなければならない。私の弟子であろうとするならば、父、母、妻、子、兄弟、姉妹を見捨る気がなければならない。今君達の誰か1人が私の弟子であろうとするならば、ちょうど人の息子が、地球で、しかも生身で父の意志を為す任務達成のためにその命を捧げようとしているように、君達も喜んで命を諦める気がなければならない。

価格通りの支払いを望まないならば、私の弟子ではあり得ない。君が先に進む前に、それぞれが座って私の弟子であることの費用を計算すべきである。君達の中の誰が、まず座って、遂行するに足りる金があるかどうか費用の算定をすることなく、見張り搭の建設を引き受けようとするであろうか。費用の計算をこのようにし損ねたならば、基礎を築いた後に、君は、始めてしまったことを終えることができないと分るかもしれない、そこで、すべての隣人が君を馬鹿にして、『見ろ、この男は、建て始めたが、その仕事を終えることができなかった。』と言う。また、他の王と戦いを交えようとするとき、どんな王が、まず座り、1万人で2万人を迎え撃つことができるかどうか考えないことがあろうか。もし見込みがなければ、その王は、講和を求めてかなり遠方であってもこの相手の王へ使者を遣わす。

「さて、そこで、君達銘々は、座って私の弟子である費用を見積もらなければならない。今後、君は、我々の後について来て、教えを聴き、また働きを見ることはできないであろう。君は、辛い迫害に直面し、この福音が大きな失望に対峙する時、福音のために有利に証言することを要求されるであろう。君であることをすべて放棄し、君が持てる物すべてを捧げる気がないならば、その時、君は、私の弟子には相応しくない。すでに君自身の心の中で自分を征服したのであるならば、人の息子が、祭司長等とサッヅカイオス派に拒絶され、嘲る不信仰な者達の手に渡されるとき、君は、やがて獲得しなければならないその表面的な勝利のためにいかなる恐怖も抱く必要はない。

「今、君は、私の弟子であるための動機を見つけるために自身を考査すべきである。名誉と栄光を求めるならば、俗物的な心でいるならば、君は、その味を失ってしまった塩のようである。そして、その塩気のために評価される物が、その味を失ったとき、何によって味が取り戻されるのであろうか。そのような調味料は役に立たない。それは、ただ廃物の中に捨てられるのが相応しい。準備されている杯を共に飲み乾す気がないならば、私は、静かに家に戻るように君にいま警告した。私は、再三、私の王国はこの世界のものではないと言ってきたが、君は私を信じようとしない。聞く耳を持つ者に、私の言うことを聞かせなさい。」

これらの言葉を言い渡した直後、イエスは、12人を導き、ヘシュボンへと出発し、そして、およそ500人が後に続いた。少し遅れて、群衆の残りの半分が、エルサレムへと進んだ。イエスの使徒は、主だった弟子と共に、これらの言葉について多く考えてみたが、それでも、自分達のかねての望みに沿って、逆境と試練の短い期間の後に王国が幾らかなりとも確かに設立されるであろうという信念に執着していた。

3. ペライア巡歴

2週間以上も数百人の弟子の群れが後に続いているイエスと12人は、70人が勤労した全ての町を訪問し、南ペライア周辺を旅した。多くの非ユダヤ人がこの一帯に住んでおり、エルサレムの過ぎ越しには僅かの者しか上京しなかったので、王国の使者は、早速自分達の教えと説教の仕事を続けた。

イエスは、アブネーにヘシュボンで会い、アンドレアスは、70人の仕事が過ぎ越しによって中断されてはならないと指示した。イエスは、使者がエルサレムで起ころうとしていることを度外視して、その仕事を進めるべきであると忠告した。また、少なくとも女性部隊が、望んでいるのであれば、過ぎ越しにエルサレムに行くことを許諾するようにアブネーに助言した。そして、これは、アブネーが肉体のイエスを見た最後の機会であった。アブネーへのイエスの送別は、次の通りであった。「息子よ、君は、王国に忠実であるということが私には分かっている。また、君が同胞を愛し、理解できるように賢明さを授けるように、私は父にお祈りする。」

都市から都市を旅するにつれ、追随者の多くがエルサレムへ行くために逸脱したので、後に続く者達の数は、日を追うにつれイエスが過ぎ越しに向かう頃には、200人足らずに減少していった。

使徒は、イエスが過ぎ越しのためにエルサレムに行くつもりであると理解した。かれらは、イエスには死の判決が下されており、シネヅリオン派が、その居所を知る者は誰でもシネヅリオン派に通報しなければならないとイスラエル中に触れ回っていることを知っていた。それでも、かれらはこういう事態にもかかわらず、イエスが、ラーザロスに会いにベサニアに行く予定であるとフィラデルフィアで皆に知らせた時ほどには、驚き気遣ってはいなかった。激しい恐怖から静かな期待の状態へのこの態度の変化は、主としてラザロの復活に依るものであった。かれらは、イエスが、非常時に際し、その神性の力を主張し、敵に恥をかかせるかもしれないという結論に達した。この望み、あるじの精霊的至高性に対する彼等のより深遠で成熟した信仰に結びつくこの望みは、イエスが死ななければならないというシネヅリオン派のおおっぴらな宣言をものともせず、イエスに続いてエルサレムに行く準備ができている直属の追随者の示した表向きの勇気を明らかにした。

使徒の大半と弟子の多くは、イエスが死ぬことはあり得ないと信じた。イエスが「復活と命」であると信じ、イエスが不滅であり、すでに死に対して勝利を収めていると考えた。

4. リーヴィアスでの教え

3月29日、水曜日の夕方、南ペライアの都市の巡歴終了後、イエスと追随者は、エルサレムへの途中のリーヴィアスで露営した。シーモン・ゼローテースとシーモン・ペトロスが、自分達の居場所で100本を超える剣を納めさせることを企て、これらの武器を受け取り、外套の下に隠しもつことを承諾する者全てに配布したのは、リーヴィアスでのこの夜のことであった。シーモン・ペトロスは、あるじへの裏切りの夜、庭で自分の剣をまだ差していた。

木曜日の朝、他の者が目覚める前に、イエスは、アンドレアスを呼んで言った。「同胞を起こしなさい。皆に言うことがある。」イエスは、剣のことと、使徒のうちの誰が、これらの武器を受け取り身につけているかを知っていたが、皆にそのようなことを知っているとは決して明らかにしなかった。アンドレアスが仲間を起こし、自分達だけで集合すると、イエスが言った。「私の子等よ、君達は長い間私と共におり、そして、このときのために必要な多くを教えてきたが、私は、我々の前に横たわる苦しみと試練に対する肉体の不確実性や人の防御の脆さのいずれをも信用することのないようにいま警告したい。我々は、エルサレムに歩み寄ろうとするところであり、そこで人の子はすでに死を言い渡されたということを君達は知っているということをもう一度はっきり伝えるために, 私は、君達をここに単独に呼んだのである。私は、人の息子は、祭司長達と宗教支配者達の手に引き渡されるということ、そしてかれらは、彼を非難して、それから非ユダヤ人の手に引き渡すということを再度君達に伝えているのである。そして、彼らも人の息子を嘲り、唾を吐きかけたり、鞭で打ちさえし、その上、死に至らせるために引き渡すであろう。そして、彼らが人の息子を殺すとき、うろたえてはいけない。3日目には人の息子は立ち上がるのであるから。自分自身に気をつけて、私が前もって警告したことを思い出しなさい。」

またもや、たいへん驚愕する使徒であった。しかし、かれらは、イエスの言葉は文字通りであると考える気にならなかった。かれらは、あるじが言ったままを意味したとは理解できなかった。かれらは、本部がエルサレムにある地球の俗世間の王国への持続的な信念に目をくらまされていたので、イエスの言葉を文字通りであると受け入れることが、ただ単にできなかった—しようとしなかった。かれらは、あるじが、そのような奇妙な発表によって意味することは何であるのかとその日一日中よく考えた。しかし、誰もこの声明に関する質問を敢えてしなかった。これらのうろたえている使徒は、あるじが、自分の磔刑の予想を明らかに、直接自分達に話したという認識をあるじの死後まで気づけなかった。

朝食の直後、ある好意的なパリサイ派の者達が、イエスのところに来て次のように言ったのは、ここリーヴィアスであった。「これらの地域から急いで逃げてください。ヘロデが、ちょうどヨハネを探したように、今あなたを殺すために探していますので。かれは、人々の暴動を恐れ、あなたを殺すと決めました。我々はあなたが逃げられるようにこの警告をしに来たのです。」

そして、これは部分的に本当であった。ラーザロスの復活がヘロデを恐れさせ、警戒させ、その上シネヅリオン派が、裁判に先立ってさえ敢えてイエスの有罪判決を下したことを知ったので、ヘロデは、イエスを殺すか、さもなければ、自己の領土から追い出すと決心した。ヘロデは、死刑を強要されないことを望むほどにイエスをとても恐れていたので実のところ後者の執行を望んでいた。

イエスは、パリサイ派が言いたかったことを聞くと、答えた。「私には、ヘロデとこの王国の福音についてのヘロデの恐怖がよく分かっている。だが、誤ってはいけない。ヘロデは、人の息子がエルサレムに行き苦しみ、司祭長達の手にかかり死ぬ方をはるかに好むであろう。かれは、ヨハネの血ですでに自分の手を汚しているので、人の息子の死を引き受けることになっても心配はしていない。人の息子は、今日はペライアで説き、明日はユダヤに行き、数日後には地球での任務を果たし父のところへと昇る準備がされているとあのキツネのところに行って伝えなさい。」

次に使徒の方に向いて、イエスは言った。「昔から、予言者達は、エルサレムで死んだ。だから、人の息子が、人間の偏狭の代価として、また、宗教的な偏見と精霊的な盲目の結果として提供されるために父の家のある都へと行くことだげが相応しいのである。ああ、 エルサレム、予言者達を殺し、真実の教師達に投石をするエルサレムよ。ちょうど雌鳥がその翼の下に自分の雛を集めるように、私は、幾たびあなたの子供達を集めようとしてきたことか。だが、あなたは、そうさせようとはしない。見よ、あなたの家は荒れて見る影もなくなろうとしている。あなたは、私に何度も会いたがるであろうが、そうはならないであろう。それから、私を探そうとするが、見つからないであろう。」イエスは、話し終えると、自分の周りにいる者に向いて言った。「それでも、我々は、エルサレムに行き過ぎ越しに出席し、天の父の意志を実現するに相応しいことをしよう。」

この日イエスの後についてイェリーホに入った信者集団は、混乱してうろたえた。使徒は、王国に関するイエスの宣言に最終的な勝利の確かな響きしか認めることができなかった。かれらは、差し迫る挫折の警告を勇気をもって理解するその位置に自分たちを導くことができなかった。イエスが「3日目によみがえること」について話したとき、かれらは、ユダヤ人の宗教指導者との不快な前哨戦の直後の王国の確かな勝利を意味するとしてこの声明に飛びついた。「3日目」とは、「やがて」、または、「その後すぐに」を意味するユダヤ人の一般的表現であった。イエスが「よみがえりり」について話したとき、かれらは、「王国の勃興」について言及していると考えた。

イエスは、これらの信者に救世主として受け入れられており、しかもユダヤ人は、苦しむ救世主に関してはあまり、または何も知らないのであった。かれらは、イエスがその人生によって一度も実現されたことがない多くのことを彼の死によって達成しようとしていることを理解しなかった。使徒にエルサレム入りの力をつけたのは、ラーザロスの復活であったが、贈与のこの試練の期間にあるじを支えたのは、変容の記憶であった。

5. イェリーホの盲目の男性

3月30日木曜日の午後遅く、およそ200人の追随者の一隊の先頭にいたイエスと使徒は、イェリーホの壁に接近していた。街の入口近くに来たとき、かれらは、青年時代から盲目であった年配の男性バーティマイオスという者のいる乞食の群集に遭遇した。この盲目の乞食は、イエスについて多くを聞いており、エルサレムで盲目のヨシアを回復させたことも全て知っていた。ベサニアに進むまで、かれは、イェリーホへのイエスの最後の訪問を知らなかった。バーティマイオスは、視力回復を訴えることなく、イエスのイェリーホ訪問は、決して二度とないと決め込んでいた。

イエスの到来に関する知らせは、イェリーホ中で先ぶれされ、何百人もの住民が、彼に会うために群がってきた。この大群衆があるじを護衛して街へ戻ったとき、群衆の踏みつける重い音を聞きつけ、バーティマイオスには、何かいつもと違うことが起こっているのが分かり、近くに立っている者達に何が起こっているのか尋ねた。すると乞食の一人が、「ナザレのイエスが通っている。」と答えた。バーティマイオスは、イエスが近いと聞くと、「イエスさま、イエスさま、私に慈悲をお示しください。」と大声で叫び始めた。そして、ますます大声で叫び続けると、イエスの近くにいる者のうち何人かがこの男のところに行き咎め、静かにするよう求めた。しかし、それは無駄であった。男は、いよいよ大声で叫ぶのであった。

盲人が大声で叫んでいるのを聞いた時、イエスは、じっと立っていた。そして、この男性を見ると、男性の友人達に、「私のところに連れてきなさい。」と言った。そこで、かれらは、バーティマイオスのところに行き、「元気を出しなさい。あるじさまが、君を呼んでいるので一緒に来なさい。」と言った。バーティマイオスが、これらの言葉を聞くと、かれは、外套を脇へ投げ捨てて、道路の真ん中に向かって跳び出して行き、その間、近くの人々は、彼をイエスの方へ誘導していた。イエスは、バーティマイオスに話し掛け、「私に何をして欲しいのですか。」と言った。すると、この盲目の男性は、「私の視力を回復させてもらいたいのです」と答えた。イエスがこの要求を聞きつけ、またその信仰が分かると、「あなたの視力は、回復するであろう。行きなさい。あなたの信仰があなたを回復させた。」と言った。すぐにかれは、視力を回復し、あるじが、翌日エルサレムに出発するまで神を賛美してイエスの近くに留まり、そして群衆の前に行き、イェリーホでいかに視力を回復したかをすべての人に発表した。

6. ザカイオスへの訪問

あるじの一行がイェリーホに入ったのは日没近くであり、かれは、夜そこに留まるつもりであった。イエスが税関のそばを通っていると、収税人または収税史の長ザカイオスが、たまたま居合わせており、かれは、非常にイエスに会いたいと望んだ。この収税史の長は、非常に裕福で、ガリラヤのこの予言者について多くを聞いていた。かれは、イエスが、次にイェリーホを訪れるようなことがあれば、どんな人間であるか知りたいと心に決めていた。従って、ザカイオスは、群衆を押し分けて進もうとしたが、それは強すぎて、しかも、かれは、身長が低く、人々の頭越しに見ることはできなかった。そこで収税史の長は、自分の住んでいるところから遠くない街の中心近くに来るまで群衆と後を追い続けた。かれは、群衆の中に入り込むことができないことが分かると、併せてイエスが止まることなくただ街を通り抜けて行くだけかもしれないと考え、先を走り、道路の上に覆いかぶさって広がる無花果の木に登った。ザカイオスは、この方法だとあるじが通り過ぎるときよい見通しが得られることを知っていた。そして、ザカイオスは、失望することはなかった、というのも、イエスは、通り過ぎるようとするとき、止まってザカイオスを見上げて言ったので。「急ぎなさい、ザカイオス。私は、今夜あなたの家に泊まらなければならないので下りてきなさい。」ザカイオスは、これらの驚くべき言葉を聞いたとき、木から速く下りようとして危うく落ちそうになり、そしてイエスのところに行き、あるじが家に進んで止まることを望んでいるということに大喜びであると述べた。

かれらは、すぐにザカイオスの家に行き、また、イェリーホに住む人々は、イエスが、収税史長と留まることに同意しようとすることに非常に驚いた。あるじと使徒が、ザカイオスと家の戸の前に佇んでいる時でさえ、近くに立っていたイェリーホのパリサイ派の一人は、「見よ、この男は、罪人であり、つまり自分の民族のゆすり屋であるアブラーハームの信仰を捨てた息子の家に宿を取るために行った。」と言った。イエスは、これを聞くとザカイオスを見下ろして微笑んだ。その時に、ザカイオスは、腰掛けに立って言った。「イェリーホの人々よ、聞きなさい。私は、収税史で罪人であるかもしれないが、偉大な先生が来られ私の家に滞留される。先生が入られる前に言っておきます。私は、明日から、私の全所有物の半分を貧者に与えるつもりであると。もしどんな人からでも不当に取り立てたならば、4倍にして返すつもりであると。私は、真心をもって救済を求め、神の目からみた正義を行うことを学ぶつもりです。」

ザカイオスが話すのを止めると、イエスは言った。「今日、この家には救済が起こり、あなたは、本当にアブラーハームの息子になった。」それから、自分達の周りに集まった群衆の方に言った。「私の言うことに驚いたり、私のすることに腹を立てることのないように、なぜならば、私は、人の息子は、失われたものを探し、また救うために来たのであるとずっと宣言してきたのであるから。」

かれらは、その夜ザカイオスの家に宿泊した。翌日彼らは、起き、エルサレムの過ぎ越しの道中をベサニアへの「強盗街道」を進んでいった。

7. 「イエスが通り過ぎるとき」

イエスは、行く先々で人々の間に陽気さを広めた。かれは、恵みと真実に溢れていた。仲間は、イエスの口から発し続けられる優しい言葉に驚かされ続けた。人は、優雅さを教化することはできるが、慈悲深さは、愛で飽和した魂から発する友情の芳香である。

善は、常に敬意を強要するが、優しさに欠けると、それは、しばしば愛情をはね返す。善は、遍く優しさを伴うときにだけ魅力的である。善は、魅力的であるときにのみ効果的である。

イエスは、本当に人間を理解した。したがって、本物の慈悲を表すことができたし、心からの同情を示すことができた。しかし、滅多に哀れみにふけることはなかった。イエスの慈悲に限りはなかったが、その同情は、実際的で、個人的で、建設的であった。苦しみへの慣れは、イエスに決して無関心を起こさせなかったし、かれは、自己憐憫を増加させることなく苦悩する魂を助けることができた。

イエスは、誠に心から人々を愛したので、とても多くの人を助けることができた。かれは、実に、一人一人の男性を、一人一人の女性を、一人一人の子供を愛した。かれは、際立つ洞察力をもつ—人の感情や心に何が起こっているかを完全に知っていた—が故に、そのように本当の友人であり得た。イエスは、関心をもつ鋭い観察者であった。かれは、人間の必要性の理解の専門家であった。かれは、人間の切望の探知において聡かった。

イエスは、決して急がなかった。「通り過ぎるとき」彼には仲間を慰める時間があった。また、かれは、友人をつねに安心させた。かれは、人を惹きつける聞き手であった。かれは、決して仲間の魂のお節介な探りに関わらなかった。彼が、飢える心を慰め、渇きを覚える魂を導くとき、イエスの慈悲の享受者は、彼に告白しているとはあまり感じることなく相談しているように感じた。自分達をとても信じているのが分かったので、かれらは、イエスを限りなく信用していた。

かれは、人々に関して決して物見高くは見えなかったし、人に指示したり、管理したり、または絶えず注意しているという願望を決して表さなかった。かれは、彼との交際を楽しむ全ての者に深い自信と確固たる勇気を起こさせた。イエスが、人に好意をもって微笑むとき、その人間は、彼の多種多様の問題を解決する大いなる器量を経験した。

イエスは、非常に、また大変賢明に多くの人を愛していたので、情況が要求する際、彼らに対して厳しい規律を決して躊躇わないほどであった。かれは、自分が助けを求めることによって、頻繁に人を助けようとした。このように、かれは、興味を刺激した、つまり人間の資質にある善なるものに訴えかけた。

あるじは、自分の衣の裾に触ることによって治癒を求めた女性の甚だしい迷信に対する救済の信仰を見分けることができた。たった1人の必要性に、幼子の必要性にさえ、奉仕するためにいつでも説教を止めるか、または群衆を止め置く用意があったし、そう望んでいた。すばらしい事が起きたのは、単に人々がイエスを信じたからではなく、イエスもまた非常に彼らを信じたからである。

イエスの言動の大部分の本当に重要なことは、「通り過ぎるときに」偶然起こるように見えた。あるじの地球での活動は、それほど専門的であったり、よく計画されたり、または意図的なものではなかった。かれは、生涯を通しての旅において、自然に親切に健康を施し、幸福を振り撒いた。「彼は善行をして回った」というのは文字通り本当であった。

そして、あるじの追随者が、「通り過ぎる」ときに奉仕をすること—日々の義務に取り組むような寡欲な善行をすること—を、すべての時代に学ぶことが相応しい。

8. ポンドの寓話

その前夜、イエスがザカイオスとその家族に王国の福音を教える一方で、皆は遅くまで起きていたので、かれらは、正午近くまでイェリーホを出発しなかった。群衆は、イエスと使徒達がその夜オリーヴ山に留まるつもりであることを知らずにエルサレムへと移動の最中、イエスの一行は、ベサニアへの上り坂の半ば辺りで昼食のために止まった。

ポンドについての寓話は、全ての弟子のためにだけ意図されたタラントについての寓話とは異なり、むしろ使徒だけに向けて話され、また主には、アーヘラオスの経験とユダヤ王国の支配権獲得のためのアーヘラオスの空しい試みに基づいていた。これは、実際の歴史上の人物に基づく数少ないあるじによる寓話の1つである。イェリーホのザカイオスの家は、アーヘラオスの凝った宮殿のほど近くにあり、アーヘラオスの水路は、皆がイェリーホから出発した道路沿いに走っていたのであるから、皆がアーヘラオスを気にとめたということは、奇妙なことではなかった。

イエスは言った。「君は、王国を受けるために人の息子がエルサレムに行くと考えているが、君は失望の運命にあると断言しておく。ある王子が王国を受領しに遠国に入ったが、彼が帰国するまえに、心でこの王子をすでに拒絶しているその領域の民等は、使節を遣わせ、『この男に我々を治めさせはしない。』といわれたある王子を覚えているか。この王の現世の支配が拒絶されたように、人の息子の精霊的な支配が拒絶されようとしている。再度、私は、我が王国がこの世のものではないと断言する。しかし、人の息子が彼の民族の精霊的な支配を授けられていたならば、彼はそのような人の魂の王国を受け入れたであろうし、人間の心のそのような統治権に君臨したことであろうに。人々は、私の精霊的な支配を拒絶しているにもかかわらず、私は、再び戻り来て、いま私が支配することを否定しているそのような精霊の王国を他のものから受けるつもりである。君は、いま人の息子が現在拒絶されるのを見るが、別の時代においては、アブラーハームの子孫が現在拒絶していることが、受け入れられ、高められるであろう。

「さて、この寓話の拒絶された貴族のように、私は、私の12人の奉仕者、特別な執事を呼び、1ポンドをそれぞれの手に与えたい。私が戻って君達の決算報告が要求されるとき、君の執事職を正当化できるように私の留守中、信託資金で勤勉に取り引きするように、との私の指示によく気を留めることを言い渡したい。

「そして、この拒絶された息子が戻らなくても、別の息子が、この王国を受け取るために送られるであろうし、それからこの息子は、執事職の君の報告を受け、君の利得を喜ぶために君達全員を呼びにやるであろう。

「そして、これらの執事が後に会計のために共に呼び集められると、最初の者が進み出て、『ご主人さま、あなたのお金でさらに10ポンドを稼ぎました。』と言うと、『でかした、 お前は、良い使用人である。この件で忠実であると分かったので10の町を支配させよう。』と言った。2番目の者が来て、『お預りしましたお金で、ご主人さま、5ポンドを稼ぎました。』と言うと、『それならば、5つの町を支配させよう。』と言った。最後の使用人が説明のために召喚され報告するまでずっとこういう具合であった。最後の使用人は、『ご主人さま、これが、あなたのお金でございます。このふくさに大切に包んでおきました。このようにしましたのも、私はあなたを恐れたからでございます。私は、あなたが置かない所で拾い上げたり、撒かない場所で収穫しようとされるのを見てきて、あなたが道理を弁えないと思ったからです。』と報告した。主人は、『この怠慢で不誠実な使用人、お前自身の言葉通りに裁こう。お前は、私が明らかに撒かない場所で収穫するというのを知っていた。ならば、この決算が求められることを知っていた。これを知っていたのなら、私が戻って来たときにそれなりの利子が得られるように、私の金を少なくとも金融業者に預けるべきであった。」と言った。

それから、この支配者は、側に立つ者達に言った。『この怠惰な使用人から金を取り上げ、10ポンドを持つ者に与えなさい。』皆が、そんな者には既に10ポンドがあることをあるじに念を押すと、「持てる者にはさらに与えられるが、持たざる者からは持てる物までも取り上げられるであろう。」と言った。

そこで使徒は、この寓話と先のタラントの寓話との意味の違いを知ろうとしたが、イエスは、彼らの多くの質問に答えて、「各人がそれらの本当の意味を探し当てながら心の中でこれらの言葉をよく考えなさい。」と言うだけであった。

後年これらの2つの寓話の意味を非常によく教えたのは、ナサナエルで、かれは、次の結論の形でイエスの教えを要約した。

能力は、人生の機会に対する実際の尺度である。人は、決して能力を超える成果に責任を負わないであろう。

忠実さは、人間の信頼度の誤りのない尺度である。また、些細な事に忠実な者は、与えられた資質に一致する全ての事柄に忠実さを示し勝ちでもある。

3. 機会が同様であるとき、あるじは、 より小さい忠実さにはより少ない報酬を与える。

4. 機会がより少ないときは、同様の忠実さに対しては、同様の報酬を与える。

イエスは、昼食を終えたとき、そして追随者である群衆が、エルサレムに向かって進んだ後に、路傍の突き出た岩の日陰で使徒の前に立ち、晴れ晴れとした威厳と優しい尊厳さで西の方を指を差して言った。「来なさい、同胞よ。我々を待ち受けるものを受けにそこへ。エルサレムへと進み続けよう。そうして、天の父が意図するすべての事を実現させるのである。」

そして、イエスと使徒は、これを、すなわち、エルサレムへの人間の姿でのあるじの最後の旅を、再開した。

Foundation Info

 印刷用 印刷用

Urantia Foundation, 533 W. Diversey Parkway, Chicago, IL 60614, USA
Tel: +1-773-525-3319; Fax: +1-773-525-7739
© Urantia Foundation. All rights reserved