論文 63 最初の人間の家族

   
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論文 63

最初の人間の家族

ユランチアは、最初の2人の人間—双子—が11歳のとき、また実際の人間の二世代目の長子の両親になる前に、棲息界として登録された。サルヴィントンからの大天使の伝達、この時には惑星の正式な認識である伝達は、次の言葉で閉じられた。

「人の心がサタニアの606号に現れ、新人種のこの両親はアンドンとフォンタと呼ばれるものとする。すべての大天使は、宇宙なる父の内在する個人的な精霊の贈り物が、これらの生物に直ちに与えられるようにと祈った。」

アンドンとは、「人間の完全性への渇望を示す父に似た最初の被創造物」を意味するネバドン名である。フォンタとは、「人間の完全性への渇望を示す息子に似た最初の被創造物」を意味する。アンドンとフォンタは、思考調整者との融合時点で授与されるまで決してこれらの名前を知らなかった。二人は、人間としてのユランチアでの滞在中、互いにソンタ-アンと、ソンタ-エンで呼び合った。ソンタ-アンは、「母に愛されている」を意味し、ソンタ-エンは、「父に愛されている」を表す。二人は自らにこれらの名前をつけ、その意味は互いへの敬意と愛情を表明する。

1. アンドンとフォンタ

この素晴らしい1組は、全人類の事実上の両親、二人の直接の多くの子孫よりもあらゆる点で優れており、また直接的にも、根本的にも関係の薄いすべての始祖とは異なっていた。

この最初の一組の人間の両親は、戦いで最初に投石したり、棍棒使用を習得した部族の平均的な者達とは、その中でより知性ある構成員ではあったが、見かけ上あまり違いはなかった。その両親は、鋭い針のような石、火打ち石、および骨も利用した。

アンドンは、まだ両親との同居中、棍棒の先にとがった火打ち石を固定させるために動物の腱で結びつけ、そして、絶えず探検旅行のすべてに同伴した冒険好きで好奇心の強い女きょうだいとわが身の2つの命を救う際に少なくとも10回以上もそのような武器が役立った。

アンドンとフォンタの霊長類種族から逃げ去るるという決断は、知能の発育の遅い類人猿のいとこ達との前かがみの交配をする後の多くの子孫を特徴づける劣位の知性をはるかに超える心の質を意味する。しかし、単なる動物であるよりもそれ以上の何かであるというあいまいな感覚は、人格を有するためであり、内在する思考調整者の臨場により増大された。

2. 双子の逃走

アンドンとフォンタは、北へむけて逃れると決めてから一時恐怖に、特に父と肉親を不機嫌にする恐怖に圧倒された。敵意のある親類に襲われることを心に描き、すでに嫉妬している種族民の手による死の可能性を認識した。子供のときの双子は、時間の大部分を互いを仲間として過ごしたので、霊長類の動物のいとこには決してそれほど好かれてはいなかった。また、二人は、別個の、しかも優れた木の家をつくり種族における地位の改善もしなかった。

二人が、ある夜激しい嵐のためにずっと目覚めていた後に恐怖を感じ優しく互いに抱き合いながら、部族の生息地と梢の家から逃げると最終的に、しかも完全に決心したのが、梢のこの新しい家であった。

二人は、すでにおよそ北へ半日の道程に粗雑な梢の避難所を用意していた。これは、棲家のある森林から離れた初日のための二人の秘密の、安全な隠れ場所であった。双子は二人共、夜間地面にいることへの霊長類の極端な恐怖を持っていたにもかかわらず、日暮れ直前に北への難儀な旅へと出発した。二人にとってこの夜間旅行を企てることは、満月であったとしても、並々ならぬ勇気を要したが、種族や親類に気づかれたり、追跡されそうにはないと正確に結論をだした。そうして、二人は、夜中12時直後に以前から用意していた待ち合わせ場所に到着した。

二人は、北に向けての旅で露出した火打ち石の堆積を発見し、様々な用途のために適当な形の石を探し今後の予備品として収集した。アンドンは、一定の目的に合うようにこれらの火打ち石を削ぎ落とそうとしている時に火花を発する石の性質を発見し、火を起こす考えを抱いた。しかし、気候がまだ爽やかであり、炎の必要がほとんどなかったので、その考えは、その時点で心にしかと入り込まなかった。

だが、秋の太陽は空で低くなりつつあり、また北へ旅するにつれ、夜はどんどん冷えていった。二人は、すでに暖とりのために動物の皮を利用せざるをえなかった。アンドンは、家を離れてから1ヶ月足らずのうちに火打ち石で火を起こせると思うと、連れ合いに知らせた。二人は、2カ月間点火のために火打ち石の利用を試みたが、失敗ばかりであった。この一組は、毎日火打ち石を打って木を燃やそうとした。とうとうある夕方の日の入り頃に、フォンタが、置き去りにされた鳥の巣を手に入れるために近くの木に登るという考えたとき、その技の秘密が明かされた。巣は乾燥し非常に燃え易く、このためそれに火花が落ちるなり、大きな炎でパッと燃え上がった。二人は、非常に驚き、その成功に瞳目し、もう少しで炎を失うところであったが、適当な燃料をつぎ足しそれを救い、その後、全人類の両親による最初の薪探しが始まった。

これは、短いが、多事多端な二人の生涯での最も喜ばしい1瞬間であった。気候に挑んだ結果、いつまでも南の地の動物の親類から独立できる発見をしたとばく然と気づき、一晩中火が燃えるのを見ながら起きていた。二人は、3日間の休息と火を楽しんだ後旅を続けた。

アンドンの霊長類の先祖は、稲妻にもたらされた火をしばしば補充したが、地球の生物は、かつて意のままに火を起こす方法を持っていなかった。しかし、双子が、鳥の巣と同様、乾いた苔と他の材料で火が焚きつけられるということを学ぶまでには長らくかかった。

3. アンドンの家族

双子の家からの出発の夜から二人の最初の子供が生まれるまでにはほぼ2年間あった。その子をソンタドと名づけた。ソンタドは、出生時に保護用の覆いに巻かれたユランチアで生まれた最初の生き物であった。人類というものが始まり、より純粋に動物の型に対照して知的な種類の心の前進的発達を特徴づけるであろうますます弱化した幼児を適切に世話をする本能というものが、この新たな進化と共に表面化した。

アンドンとフォンタには全部で19人の子供がおり、およそ50人の孫と6人の曽孫とのつながりを楽しんで生きた。家族は、4戸の隣接する岩石の住まい、または半ば洞窟に定住し、そのうちの3戸は、アンドンの子供達が考案した火打ち石の道具で柔らかい石灰岩を掘削した廊下で相互に連結されていた。

これらの初期のアンドン人種は、大いに目立つ排他的気風を表していた。集団での狩りをし、決して住居の範囲からあまり遠くには離れなかった。彼らは、孤立している特有な集団の生きものであり、したがって離れ離れになることを避けるべきであると気づいていたようであった。親密な親族関係のこの感情は、確かに精霊補佐の高められた心の働き掛けによるものであった。

アンドンとフォンタは、脈々と一族の養育と向上のために働いた。二人は、地震で張り出した岩石の落下で死亡する42歳まで生きた。子供5人、孫11人がともに死に、ほぼ20人の子孫が重傷に苦しんだ。

両親の死に際し、ソンタドは、重傷の足にもかかわらず直ちに一族の指揮を引き受け、自分の長姉でもある妻に有能な助力を得た。二人の最初の仕事は、死んだ両親、兄弟姉妹、それに子供を実際に葬るために石を転がすことであった。必要以上の意味をこの埋葬行為に添えるべきではない。死後の生存に関する彼らの考えは、主に空想的で多彩な夢の国から導かれ、非常にあいまいで不明確であった。

アンドンとフォンタのこの家族は、20世代目まで団結を維持した。食糧競争と社会的摩擦が結びついたとき、分散の始まりをもたらした。

4. アンドン一族

原始人—アンドン人種—は、黒い目をもち、黄色と赤のかかった混血の浅黒い顔色であった。メラニンは、すべての人間の皮膚に見られる発色物質である。それが、本来のアンドン族の皮膚の色素である。これらの初期のアンドン人は、全体的な外貌と肌の色において現存する人間の他の型よりも今日のエスキモー人に最も類似していた。アンドン人種は、防寒に対し動物の皮を使用する最初の生き物であり、現代人よりも体毛は少なかった。

この古代人の動物の先祖の部族生活は、数多くの社会的な規則の始まりの前兆となり、また社会組織と一族の新しい分業には、拡大していく感情と増大された脳の力での即座の発展があった。彼らは甚だしく模倣的であったが、遊びの本能はわずかに発達されただけで、ユーモアに対する感覚はほぼ完全に欠けていた。原始人は、時おり微笑んだが、決して豪快な笑いには耽けなかった。ユーモアは、後のアダーム人種の遺産であった。これらの古代人は、進化する多くの後の人間ほどには痛みにあまり敏感ではなく、不快な状況にもそれほど早い反応はなかった。出産は、フォンタと直接の子孫にとり痛ましい、または悩ましい試練ではなかった。

それらは素晴らしい部族であった。男は、連れ合いと子の安全のために勇ましく戦うのであった。女は、愛情深く子に専念した。しかし、愛国心は、完全に直系一族に限られた。家族に非常に忠誠であった。子供を守るためには一も二もなく死ぬのであったが、子孫のために世界をより良い場所にしようとする考えを持つことはできなかった。これらのユランチア原住民には、宗教誕生に不可欠のすべての感情がすでにあったが、利他主義は、人間の心に今なお生まれてはいなかった。

これらの古代人は、仲間への感動的な愛情を持ち、また確かな、粗っぽくはあるが、本物の友情という考えを持っていた。後の時代に、これらの原始人の一人が、劣性部族との止むことなく繰り返される戦闘中、仲間の手負いの戦士を守り、救おうと片手で果敢に戦うのはよく見掛ける光景であった。その後の進化的発達の最も高潔で極めて人間的な特色の多くは、これらの原始民族に感動するほどに予示されていた。

本来のアンドン一族は、ソンタドの直系に男性子孫が現れず、27世代目、つまり一族の支配者になるつもりの2人が最高位をかけて競い合うその時まで連綿たる指導者の地位を持続した。

アンドン一族の大規模な分散以前、通じ合うための充分発達した言語が、早期の努力により発展した。この言語は、発展し続け、活発で休むことのないこれらの好奇心の強い人々によって環境への新しい考案と適合のためにほとんど毎日のように追加がなされた。これが、後の有色人種の出現までの古代人の仲間のユランチア界での言語となった。

時の流れと共にアンドン一族の数が増え、拡大する家族同士の接触が、摩擦と誤解を生み出した。ただ2つの事だけ、つまり食物入手のための狩猟と隣接する部族からの実際の、または想定される何らかの不当行為や侮辱に対して恨みを晴らすための戦い、が、これらの民族の心を占めるようになった。

内輪もめは増加し、部族の戦いは勃発し、またより有能な、より進んだ集団の最良要素間のただならぬ損失が、続いた。これらの損失のいくつかは修復できなかった。能力と知能の最も価値ある種族のいくつかは、世界から永遠に失われた。この早期の種族とその原始文明は、この絶え間ない一族の抗争による消滅の危機に脅かされた。

そのような原始の生き物に長い間の平和共存を促すことは、不可能である。人は、闘争的動物の子孫であり、無教育な人々は、密接に関係しているとき互いを苛立たせるし、怒らせる。生命搬送者は、進化する生物のこの性向を知っており、それに応じて少なくとも3つの、しばしば6つの異なる別個の人種へと進化する人間の最終的分離のための対策をとる。

5. アンドン族の分散

初期のアンドン人種は、いはるか遠くアジアへは進出せず、また最初にアフリカに入りはしなかった。当時の地形が、この人種を北に向かわせ、ゆっくり前進する第3期の氷河に妨げられるまでは、彼らは、更に北へ北へと旅をした。

アンドンとフォンタの子孫は、この大規模な氷床が、フランスとイギリス諸島に達する前にヨーロッパを越え西へと前進し、北海の当時の暖かい水域に通じる大河沿いに1,000個以上もの個別の集落を設立した。

アンドン族は、フランスでの初期の川沿いの住人であった。何万年もの間ソンム川沿いに住んでいた。今日とまったく同じように当時海に流れ込んでいたソンム川は、氷河で変えられることのなかった1本の川である。それゆえ、アンドンの子孫に関係するたいそう多くの証拠が、なぜこの流域沿い見つけられるのかを説明している。

ユランチアのこれらの原住民は、非常時には木に赴きはしたものの、木の居住者ではなかった。それらは、良い眺めを提供したり、荒れ模様の天候から保護してくれる川沿いの張出した崖の避難所や山腹の洞窟を常用した。それらは、このようにしてあまり煙に困ることなく炎に安らぎを味わうことができた。後の時代の氷床が更に南に下がり、その子孫を洞窟へと追いやりはしたものの、これらの原住民は、実際には洞窟居住者ではなかった。彼等は、森のはずれ近くや小川の側での野営を好んだ。

彼らは、かなり早くから部分的に保護された住まいを隠すことに著しく賢明であり、睡眠のための石室、ドーム型の石の小屋を築く際にかなりの技術を示し、夜にはここに這い入った。そのような小屋への入り口は、屋根の石が最終的に所定の場所に置かれる前にこの目的のために小屋の内側に置かれていた大きい石を転がして入り口を塞いだ。

アンドン族は、恐れを知らない狩り上手で、野生の実や特定の木の実を除いては、専ら肉食であった。子孫は、アンドンが石の斧を発明していたように早くに棒や銛投げを発見し、うまく利用した。ついに道具を作成する心は、器具を使用する手と一体化して機能しており、またこれらの古代人は、火打ち石の道具作成に非常に巧みとなった。彼らは、現代人が金、プラチナ、ダイヤモンドを求めて地の果てまでも旅するように火打ち石を求めて遠く広く移動した。

アンドン部族は、後退している子孫が、火を起こす様々な方法を再三発見はしたものの50万年間で到達しなかった知能の段階を他の多くの点ではっきりと示した。

6. オナガー— 最初の真実の教師

一族の文化的、精神的状態は、アンドン族分散が延長されるにつれ約1万年間オナガーの時代にいたるまで衰退し、オナガーは、これらの部族の指揮を引き受け、平和をもたらし、初めて「人と動物への息吹を与えるもの」への崇拝に皆を導いた

アンドンの哲学は最も混乱していた。彼は、火の偶然的発見から得られる大きな安らぎを理由に火の崇拝者になることはほぼ免れなかった。しかしながら、判断力は、アンドンを彼自身の発見からより優れた、神々しい熱と光の源としての太陽へと導いたが、それはあまりにも遠過ぎたので太陽崇拝者にはならなかった。

アンドン族は、早くも天候に現れる自然力—雷、稲妻、雨、雪、霰、氷—への恐怖を生じた。しかし飢餓は、初期時代に繰り返し起こる強い衝動であり、アンドン族は、主に動物を食したので、やがては動物崇拝の型を発展させた。アンドンにとって食用としてのより大きい動物が、 創造力と耐久力を象徴であった。時どきこれらの特定の大きいさまざまな動物を崇拝対象として指定することが、習慣になった。特定の動物が人気のある間、洞窟の壁にその動物の粗雑な輪郭線が描かれ、後に芸術上の継続的進歩が見られると、そのような動物の神が、様々な装飾品に刻まれた。

アンドン民族は、非常に早くから部族崇拝の動物の肉を食べることを差し控える習慣をうち立てた。やがて、若者の心により適度の印象を与えるために、尊ばれた動物種の中の1個体の周りで崇拝の儀式が執り行われた。この原始の儀式は、さらに後に、子孫によるより入念な生贄の儀式へと進展した。これが、崇拝の一部としての生贄の起源である。この考えは、ヘブライの儀式でモーシェにより念入りなものとされ、根本的には「流血」による罪の償いの主義として使徒パウーロスにより順守された。

食糧が、これらの原始の人間の生活で極めて重要なものであったということが、オナガー、彼らの偉大な教師によりこれらの素朴な人々に教えられた祈りの中に示されている。この祈りは次の通りであった。

「ああ、生命の息吹よ、この日に、我々に日々の糧をお与えください。氷の呪いから森の敵から我々を救い出し、慈悲をもって偉大なる彼方へと受け入れてください。」

オナガーは、メソポタミア南部の地から北部に至る旅の道が西部に折れる滞在場所である現在のカスピ海地方のオーバンと呼ばれる集落、古代の地中海北岸に本拠地を維持した。オナガーは、自身の1神の新原理と、自身が偉大なる彼方と呼んだ来世の概念を広げるためにオーバンから遠く離れた集落に教師らを派遣した。オナガーのこれらの使者は、世界最初の宣教師であった。また、最初に肉を料理する、つまり食物の調理に欠かさず火を使用する最初の人間でもあった。棒の先、また熱い石の上でも肉を料理した。後には火で大きな切れ端を炙ったが、その子孫は、ほぼ完全に生肉生活へと戻った。

オナガーは98万3,323年前に(西暦1934から)生まれ、69歳まで生きた。前惑星王子時代のこのすぐれた知性と精神の指導者の業績に関する記録は、これらの原始民族からの本物の社会への組織化についての感激的な詳述である。オナガーは、効果的な部族政府を設けた。そのようなのものは、何千年もにわたる後続の世代によって達せられることはなかった。再び、惑星王子の到着まで、そのような高い精神文明は、地球にはなかった。これらの純真な人々は、原始ではあるが本物の宗教があったが、その後それは、もはや劣化していく子孫のものではなかった。

アンドンとフォンタの両人は、子孫の多くと同様に思考調整者を受けていたが、それは、調整者と後見熾天使が大勢でユランチアに到来するオナガーの時代までなかった。まことに、これは、原始人の黄金時代であった。

7. アンドンとフォンタの生存

アンドンとフォンタ、人類のすばらしい始祖達は、惑星王子のユランチア到着宣言時点で承認され、やがてジェルーセムの公民の身分で大邸界の養成課程からやって来た。二人は、いまだかつてユランチアに戻ることは許されたことはなかったが、樹立した民族の歴史を認識している。二人は、カリガスティアの裏切りに深く悲しみ、アダームの失敗に嘆いたが、マイケルが、その最終贈与のための劇場として二人の世界を選定したという発表を受けたとき殊の外歓喜した。

ジェルーセムでのアンドンとフォンタの両人は、それぞれの思考調整者と融合し、またソンタドを含む二人の子供の幾人かも同様にそうしたが、二人の直属の子孫の大半でさえ、聖霊との融合を実現したに過ぎなかった。

ジェルーセム到着直後、アンドンとフォンタは、ユランチアからの時間の巡礼者を天球へ歓迎するモロンチア人格と共に働くために第一大邸宅界へ帰還する許可を体制主権者から受けた。彼等は、この業務に無期限に割り当てられた。これらの啓示に関する挨拶をユランチアに送ろうとしたが、この要求は、賢明にも否定された。

これが、ユランチアの全歴史、すなわちその発展、葛藤、死、全人類のたぐい稀なる両親の永遠の生存に関わる話のうちの最も雄々しく、非常に興味深い章の詳説である。

[ユランチア居住の生命搬送者による提示]

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